メモ:up in the air で trance-trans なカーソル


カーソルは中途半端な存在ということが頭の中にずっとあって,今,英語でカーソルについての発表の準備をしてして面白かったのが,「中途半端」が英語だと「up in the air」という表現になること.カーソルは文字通りの意味でデスクトップで常に最前面にあるわけであるから,それは浮いているような感じであって,だから「up in the air」な状態にあるわけで,それが「中途半端」という意味もあるということ.だからどうしたというわけではないけれど,ちょっと面白かった.

あとは中途半端に宙を漂っているカーソルが消えてしまう→自己喪失.「トランス」は英語で「trance or trans」.前者は夢現な感じで,後者は超えるということ.なんかいいねと勝手に思っている.

見落とされているカーソルに注目というところまでは,どうにか書けそうな感じがする.そこからどのようにエキソニモ《断末魔ウス》につないでいくか.「up in the air」なカーソルとマウスの破壊.マウスを破壊しているだけれど,それはカーソルを破壊していることにもつながる.でも,カーソルは文字通りの意味では破壊されない.ただ動きを止めるだけ.でも,また動き出す.いっときの「死」がもつ意味を考える.マウスの文字通りの破壊とカーソルのメタフォリカルな破壊.その意味をコンピュータが示す「自然」の中で考えてみること.メタメディアという「自然」を超える(taras),そしてトランス(trance)状態になってしまうような存在としてのカーソル.すべてを宙吊りにしてしまうような,というか自身が宙吊りのカーソル.

このブログの人気の投稿

告知:第4回新視覚芸術研究会「デジタル時代の次元の折り重なり」【追記_2017/08/08】

インスタグラムの設定にある「元の写真を保存」について

新視覚芸術研究会第4回シンポジウム「デジタル時代の次元の折り重なり」の個人的振り返り

美術手帖(2017年9月号)にHouxo Que個展「S H I N E」のレビューを寄稿

サマーウォーズ:身体とアバターのデザイン(1)

デジタル時代の物質性 あるいは 単にPhotoshopのブラシ あるいは 単にブラシ

授業ノート:ディスプレイ時代の芸術作品_ネット公開用

能動と受動の間,具象と抽象の間にある←,カーソル

インターネットヤミ市2で手に入れたものたち!!

TumblrとInstagramは粒度を膨張させることなく,たんたんと同じような粒度の情報が続いていく