矢印についての寄せ集めメモ


「矢印」について考えたいと思っていて,Youtube で見つけた動画.いろいろなところに矢印があるな.

以前,教えてもらった廣村正影さんの矢印関する仕事も気になる.
矢印 意識と行動予測の視覚化
去年銀座で展覧会やったときにいくつかのムービーをつくったんですね。矢印っていうのは面白いなって思ってサインをやることになると矢印たくさんつかうじゃないですか。それで矢印が動いたらどうなるんだろうなって思ったんですよ。人間の頭に矢印をつけて歩いてもらったらどう見えるんだろうなって思ったんですよ。頭に矢印ついてると、興味がある方向に少しぶれたりするんじゃないかなって思ったんですね。 
(C)廣村正影
2次元(2 dimension)の平面的とも言えるサインデザインが、3次元(3 dimension)の空間の中に位置付けられたときにいかなる視覚効果をもたらすかということに注目し、これまでの「サイン計画」や「VI計画」の概念を取り払い、様々な建築家や写真家とのコラボレーションを手がけてきた異色のクリエイター・廣村正彰。 
今回の展覧会では、1階では「矢印→」や「アルファベット」をモチーフに、矢印という記号それ自体が、空間の中で動きをもった表情を得ることによって、平面にはない新たな意味をもつのではないか。 
2次元と3次元のあいだを移行する「矢印→」.カーソルも含めてというか,カーソルから派生して出てきた「矢印→」そのものへの興味をどう研究に結びつけるか.アートの領域では,クレーとか,荒川修作とデュシャンとかも「矢印」を考えるうえで重要.アートとかデザインとか区別せずに,「矢印→」を中心にしてそれらをリンクさせていければおもしろことになりそう.
矢印は位置と向きと長さの3つの情報を同時に表すことができる記号だ。だから力や運動の位置、向き、大きさを過不足なく表すことができる。ふむ、そう考えるとサインに使われている矢印はたいてい情報が余ってるな。 
その際に大きな指針を与えてくれそうなのが,インダストリアルデザイナーの山中俊治さんのこのツイート.矢印が3つの情報をあらわすこと.「3」という数が重要な気がしている.

あとは,発表を聞きに行くことはできなかったけれど,この前の表象文化学会での伊藤未明さんの発表.

伊藤未明「「ネットワーク資本主義」における「矢印」の美学──経営の言説におけるイメージ表象の分析試論」
今日企業活動の様々な場面で、グラフィカルなプレゼンテーションが行われている。そこで我々が写真や数値データのグラフと並んで多く目にするのは、四角や丸を矢印や線で連結したダイヤグラムや、クリップアートからダウンロードされたイラストレーションである。こうしたダイヤグラムやイラストはそれが表象するものと形象が似ているから、というよりも、抽象的なアイディアや雰囲気をわかりやすく表現できるから有効な表現形式である、とされることが多い。しかし、ビジネスパーソンによって作られたこれらのイメージの、「作品」として良し悪しを判断する基準は、決して「表現のわかりやすさ」だけではないように思われる。そこにはある種の「美学的な判断基準」が存在する。本発表ではまず、ハーヴァードビジネスレビュー誌に過去30年間に掲載されたイラストやダイヤグラムの変遷に着目し、今日の企業活動においてイメージ表象の良し悪しを判定する美学的な基準とは何かを考察する。そこでは、これらのイメージを構成する図像学的構成要素のうち、「矢印」の役割を明らかにしていく。さらにそのような矢印の美学が、なぜ今日の資本主義社会にとって必要なのかを、フランスの社会学者BoltanskiおよびChiapelloによる『ネットワーク資本主義の言説』についての分析をもとに考察する。 

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