「四次元からの投影物」に関するメモ

藤幡は「四次元からの投影物」というテキストを書いている.その冒頭には次のようにある.

コンピュータと出会い,コンピュータ・グラフィクスにとりつかれてとうとう十年経ってしまった.私にとってアニメーションというメディアがコンピュータへの入り口であったなら,立体物を作ることはそこからの出口であるのかも知れない.(p.119)

実際は,この立体物《禁断の果実》を作ったあともコンピュータを用いた作品を藤幡は作り続ける.しかし,2006年にコンピュータを用いないアニメーション作品《未成熟なシンボル》を作ることになる.アニメーションからコンピュータと出会い,アニメーションでコンピュータを別れる.そしてこのアニメーション作品をつくるきっかけは「平面性」の問題であったと藤幡は述べている.アニメーションという平面から始まり,立体を作り,また平面へと至るこの藤幡の作品制作のプロセスから,今まであまり考えられてこなかった藤幡の作品における「平面」を考えてみたい.

そのためにアニメーションに回帰した《未成熟なシンボル》と立体物の《禁断の果実》,インタラクティブな作品《Beyond Pages》を取り上げる.
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冒頭に引用した「四次元からの投影物」の最後には次のように書かれている.

形の変形や生成をめぐる私的アルゴリズムへの探求は,おのずと四次元感覚に触れることを意味する.ここではイメージも立体もその根源において同一のものとして扱われ,なんの区別もされないのである.(p.124)

 冒頭に引用した「四次元からの投影物」の最後には次のように書かれている.コンピュータを用いる中で,イメージと立体が区別されない領域を見つけたことは藤幡の作品における「平面」を考える際に重要である.藤幡はコンピュータを,平面と立体が別々の形態としてあるのではなく同一のものとして扱える場所として考えている.現実世界では平面と立体とのあいだに超えられない境界があるが,コンピュータにはその境界が存在しない.藤幡はその境界があたかもないこととして作品を制作する.

《禁断の果実》をつくる際に用いたステレオリソグラフィーというシステムに対して藤幡は次のように考える.

このシステムは言い換えれば三次元立体を断面図という二次元の集合体として扱うところに特徴があると言える.工程のなかで,機械は無自覚に二次元の図形を高さを変えながら描いているにすぎないのだが,このアドバンテージは大きい.

ここで書かれている平面の重なりから立体ができるという出来事は,藤幡の作品における平面を考えるための大きな参照点である.

《禁断の果実》は,ステレオリソグラフィーという新しい技術を使いながら,記述されたデータを中心に立体と平面とを行き来する作品だと言える.

その際に,藤幡はコンピュータと共に行った行為のプロセスが二次元的に拡げられ1枚の地図になっていると指摘する.コンピュータは作品として平面や立体として出力されるデータだけではなく,そのデータのプロセスもひとつのデータとして記録している.コンピュータはあらゆる行為や出来事,そしてそこから派生するものをデータとして記録している.

記録されたデータはさまざまな形で現実世界に投影される.コンピュータという私たちの世界にもうひとつの次元を加える装置からの投影が行われる.
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藤幡作品を考えるためのキーワードとして「平面」,「投影」,「重なり」があると考える.「投影」は「平面」を必要するし,「投影」すれば「平面」に「重なり」が生じる.「重なり」が生じた「平面」は立体なのではないかという疑問も起こる.

《Beyond Pages》と《未成熟なシンボル》の共通点.記号.行為と出来事.シンボルとオブジェクト.意味と無意味.

本という平面の重なりでできた物体.「平面の重なり」

プロジェクションが作る平面.どこでにも「もうひとつの平面」を作ることができる.平面の重なり.プロジェクションされる平面と,そこに生まれるもうひとつの平面.モノに密着するイメージ.モノとイメージとの隙間.モノとイメージとの隙間はあるのか? 隙間はないが,異なる2つの存在があるのはわかる.

インタラクションと身体.インタラクションは身体を平面に押しやる.モノとイメージとの隙間に身体が押しやられる.

「投影」は投影されたモノをスクリーンという「平面」にしてしまう.モノにイメージを密着させて,その性質を変えてしまうかのようにみせる.

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