カーソルがもたらすズレを考えるためのメモ

《断末魔ウス》でのカーソルはマウスと強く結びつき,ヒトの破壊行為を強く印象づける,モノの最後の苦しみを表す映像としてのカーソル.カーソルとマウスはいつも通りに一心同体な感じでつながっているが,ヒトの行為がズレている.指示ではなく破壊.
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《ゴットは、存在する。》でのカーソルは,作品によっていつも通り動いているものもあれば,消えてしまうもののある.動いているといっても,カーソルを動かしているのはヒトではない.文字通りモノがカーソルを動かす.カーソルが消えるヒトは何もできない.ヒトの役割がズレている.見るだけ.
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《↑》ではカーソルは現実世界にある.現実世界にある↑がウェブカメラで撮影されてディスプレイに映し出される.現実と映像との間のズレが起こる.ヒトは↑によって「あっちむいてホイ」と意識をねじ曲げられる.物理的に存在する↑を探すように,現実と映像とのズレを楽しむように意識をズラされる.
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